2012年09月16日

時代を越えた縁

先日、友人がソロで踊るというので、久々に某フラメンコ教室のスタジオコンサート(発表会的ライブ)に足を運びました。スタジオコンサートといえども、バックをスペイン人アーティストで固めた気合は十分に伝わってきます。

 

私は開演少し前に着いたのですが、あまりの会場の熱気というか暑さに耐え切れず、始まるまで外で待っていました。そこで、偶然ですが当日のカンタオール(男性フラメンコ歌手)と立ち話に興じることに。

 

彼は日本在住20年のベテランで、日本人の奥様との間に中学生の男の子がいるとのこと。その後、幕間でやはり話をしたギタリストは在住3年目、今年に入ってやはり日本人の奥様との間に女の子が生まれたと言います。そんなフラメンコな家族に育った子供達の中には、新たな日本のフラメンコ世代としてすでにアーティスト活動をしている人たちも。

 

スペイン人である父親がフラメンコ活動の拠点として敢えて「日本」を選択した訳ですが、そのきっかけの大半はパートナーに起因しており、家族という「根」を持つことで、この自国とは似ても似つかぬ文化の異国に腰を据えることになった訳です。これは勿論フラメンコの世界に限られたことではありませんが、運命とは本当に不思議なものですね。

 

コンサートを終え、帰途につきながら、ふと慶長遣欧使節団を率いた支倉常長の銅像が立つ、スペイン南部セビリヤ県のコリア・デル・リオの町とその歴史を思い出しました。目的も、その時代背景も全く異なりますが、想像を絶する過酷な船旅の末、ここコリアに到着しても、日本に帰国することのなかった日本人と現地のスペイン人との間に生まれた人々の末裔ではないかと言われる「ハポン姓」を持つ人たちが多く住んでいます。

japon_3.jpeg

http://www.ayto-coriadelrio.es/opencms/opencms/coria/municipio/Historia/apelljapon.html

より転載)

 

最近経済的に元気のないスペイン。もしかすると、今後こうしたスペインのフラメンコアーティスト+日本人アーティストという構成の家族が増加、又は単純に生き残りをかけて生活の拠点を日本に絞ったアーティスト達がスペインから続々と流出することで、終には「“日本で”フラメンコ」という域を越えて、彼らが「“日本の”フラメンコ」を台頭し、ゆくゆくは中華街やコリアンタウンの様に日本の「barrio flamenco」が出現する?!!・・・なんてことにはならないとは思いますが、何か時代を越えた縁の様なものをおもむろに感じた一夜でした。

 

<MUU>

 
posted by Rita at 21:21| Comment(0) | 芸術・文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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