2012年10月06日

ガンバッテヤンド!

みなさん、こんにちは!

今回はRITAメンバーにご投稿いただいたブログをお届けします!
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それでは、さっそく本文へと参りましょう!!

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毎年夏になると楽しみにしているイベントがある。ボーダーレス・ミュージック・フェスティバル、“Isla de Salsa”。日本最大のサルサイベントが、福岡の浜辺で開催される。
実に16回目となるこのイベントは、福岡に本拠地を置くNPO団体Tiempo Iberoamericanoが主催の一大イベントだ。その名の通り、会場一帯はラテン一色。2日間だけの「サルサの島」が出現する。
 自分は特に踊れるわけではないが、なんだかんだで毎年参加しており、今回は休みまで取って、準備も万端。アレの接近を聞き流しながら飛行機に飛び乗り、「サルサの島」へと向かった。

 イベントには毎年ラテンアメリカ各地から有名アーティストが招待されるのだが、今回個人的に楽しみなのが、”DIAMANTES”が来るということだった。スペイン語でダイヤモンドを意味するこのバンド、リーダーは日系ペルー人3世のアルベルト城間。名字からも分かるように、ルーツである沖縄を本拠地に活動している。

***

 「日系ペルー人」や「日系ブラジル人」はわりとよく聞く単語だが、中南米に渡った日本人は想像以上に多い。20世紀初頭から国を挙げての移民政策が始まり、当時の日本経済の混乱や、中南米での労働者不足などもあり、多くの日本人がアメリカ大陸へと渡った。彼らの労働条件は過酷なものだったが、自ら田畑を切り開き、作物を植え、そして家族を呼び寄せた。統計によれば、1892-1941年の期間で、約25万人の日本人(その多くが沖縄出身)がブラジルやペルー、アルゼンチンとメキシコを中心に海を渡っている。
 第二次世界大戦が終わり、日本が高度経済成長期に入るとその流れは一転。日系人の入管優遇制度も手伝って、日系人がそのルーツをたどり、日本に出稼ぎに来るようになっていった。

 かのアルベルトもその一人。彼は日本で演歌歌手になることを夢見て渡来した。だが、その道は険しく、日本語がまったくできないということと、「足の短さ」(本人談)のせいで弟子入りもさせてもらえない始末。挫折と失望に打ちひしがれて、彼の祖父母の故郷である沖縄に戻る。そこで新たな出会いを見つけ、再び音楽の道を目指し始める。
 彼の人生だけで一本の物語が書けそうだが、DIAMANTESの曲には彼らのたどった軌跡が刻み込まれている。ラテンの音楽と沖縄のリズム、そして移民たちの歴史と人のぬくもり。特に、DIAMANTESのデビュー曲“GANBATEANDO”(「ガンバル」の現在進行ando形)は、まさにその象徴だと思う。
歴史の一部が凝縮されたステージ。彼らを初めて生で見られるとは・・・!

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そしてこちらは残念会会場。私と一緒に来訪した「アレ」、台風のおかげでイベントは中止。私の熱狂は風で吹き飛ばされ、かわりに暗雲が詰め込まれていた。久々に来た福岡で、行きつけのお店と変わらぬ仲間たち。変わりがあったのは天気とみんなの表情。かつてないほどゆっくりとした福岡訪問を満喫(?)したのでした。
イベントは来年もある。そう言い聞かせて、次回までGANBATEANDO!

GANBATEANDO ガンバッテヤンド
  歌:DIAMANTES  作詞/作曲:アルベルト城間





posted by Rita at 18:03| Comment(0) | メンバー体験談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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