2012年12月25日

メキシコ・ワイナリーレポート



 

私は、ワインに目がない。

飲むばかりではなく、学問的にも
葡萄酒とは一体何ぞや?と、勉強してみたりする。

勉強すると、
『瓶を開けて飲む以前』
のことにも思いを馳せるようになり、
ぶどうの木の栽培や、醸造も気になりだし、畑やワイナリー巡りなどに精をだす。

こうして、酒量が増えていく。。
(こうして、スペイン語学習時間が減ってゆく。。)




先月、メキシコに行く機会があったので、ワイナリーに寄ってみた。

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日本の葡萄畑は年中通っているので、四季を通しての栽培状況がわかるのだが、
11月であっても温暖なここ、すこぶる暑い。

収穫は既に7月に終了しており、それから4ヶ月もたっているのだが、
日本の秋のような光景と思いきや、新芽が出ていたり、何かと日本と事情が違う。


シャルドネの発音が、ちゃるどなっ、であったり、
貴腐ワインのことを、pudricion noble (←日本語の意味そのまんま)と
言っているのを聞いて妙に納得したり。


また、食事との組み合わせが、
当たり前だが、メキシコ料理であるのも新鮮だった。
鶏肉のpechugaに、白ワイン。
あの濃いチョコレート色を持つmoleには、赤ワイン。



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マッチョなメキシコ人ソムリエ。
この方が講師をするテイスティングセミナーに出席。



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みんな真剣そのもの。


スペイン語を勉強する身として幸運に思うのだが、
ワインの産地にはスペイン語圏が多い。

スペイン、チリ、アルゼンチン。。
太陽ふりそそぐメキシコも、知る人ぞ知る葡萄の良い産地である。

来年もスペイン語、がんばらな。
ゆく先には、大好きな葡萄畑やワインが見える。


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このブログを訪ねてきてくれる皆さま、いつもありがとうございます。

来年も一緒に、スペイン語の勉強や仕事をがんばっていきましょうね。

今後ともRITAをよろしくお願いします。 2013年に乾杯。


ritaメンバー  luna


posted by Rita at 23:39| Comment(0) | 旅レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月29日

La vida es viaje 〜ブラジルの思い出〜


「今まで行った国で一番どこが良かった?」

と、ちょくちょく旅に出るせいもあってか、よく聞かれます。

 

「感動したのはペルー、旅として良かったのはブラジル、大好きなのはメキシコ」


 

もちろん、他にも忘れられない風景や、いまでも心躍るエピソード溢れる国も
あるのですが、
どれかを選べと言われたら、迷いなくこう答えています。

 

旅の目的は、人それぞれ色々あると思いますが、
“楽しい”思い出は人とのふれ合いによることが多いですよね。
そんな素敵な思い出の一つが、学生時代に訪れたブラジルでのこと。


 

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ブラジル東部、カポエイラのリズムに彩られた街、サルバドール。

心地よい風の吹く、夏の終わりの一日だった。

 

郊外の教会へ行こうとバスに揺られていた私は、のんびりと窓の外を眺めていた。
ガイドブックによると、教会は終点のバス停目の前にある。
当時スペイン語は多少話せたが、ポルトガル語は全く・・・
ということで、行き先がわかりやすいのは、とても心強かった。



窓の外に、果てしなく広がる海がみえてきた。きらきらと光る水面に、
コロニアルな街並みが一層輝き、心もうきうき。過ぎ行く景色の中には、
のんびりベンチでおしゃべりを楽しむ人々、丘陵に建つ印象的な教会、
公園で走り回る未来のサッカー選手たち。

 

ん?今の教会、写真で見た目的地の教会と似ている気が・・・

どきどきしながら、隣に座っていたおばあさんに聞いてみた。
「ボンフィン教会はまだですか?」

もちろん、ポルトガル語風スペイン語つまり“ポルトニョール”で。

 

「あらぁ、ちょっとさっきに過ぎちゃったわよ」

 


どうしよう。

ふたたび思い切って運転手さんに
「あの、ボンフィン教会に行きたかったんですけど・・」と。

 

すると、「そうか、わかった。ちょっと待ってね」と言って、バスを一時停止。

もちろん石造りの街の通りは狭く、大きい市バスが止まりでもしたら大渋滞。
そんなことお構いなしの運転手さんは、反対方面からバスが来る度に何かを話し、
数分が経った頃、私にこう言った。


「あの反対側のバスに乗りな。ボンフィン教会に行くよ。」

「あ、ありがとうございます!」


 

乗り換えたバスの運転手さんは、
  「寝てたのかい?僕の横に座ってな。着いたら教えてあげるからさ」

そして、前の運転手さんからは、
  「その子からは、もうバス代もらってあるから頼むよ!」と。

 

ほんの数分ではあったが、私一人の為に町一体が止まってくれたのだ!

そんな信じられない奇跡に、心の奥底がぶわっと温かくなった。

Muito obrigada.


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私が旅に出る主な目的は、
心を揺さぶる風景・異文化との出会いを求めて。そして感性を磨きに。


一方で、旅に欠かせないのは、こういった土地の人とのふれ合いですよね。
たいてい一人旅なのですが、いつも素敵な人々に支えられ、
楽しい経験をさせてもらっています。

本当、人とのコミュニケーションって素晴らしいですね。
日々の生活でも大切にしていかないと。

 

さて、そんな大好きなラテンアメリカへは、2001年初めに訪れたのを
最後に足が遠のいていました。
好きだからこそ長期で行きたい、
でも普通のサラリーマンの休暇では、行けても
1週間ちょっと。

ということで、思い切って2010年夏に仕事を辞め、旅に出てきました!

 


ですが、今日はここまで。気ままな中南米旅の話は、いつかまたの機会に。

以上、今回初めて執筆を担当させていただいたタニグチでした。Chao


posted by Rita at 19:30| Comment(0) | 旅レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月22日

メキシコ 18歳神田の思い出

18歳で2回目のメキシコへ旅をしたときのこと。
まだ着いて3日目というのにうっかりと財布をなくしてしまった。
私は世界で最も危ない都市のひとつ、メキシコシティにいた。
99年の夏。

1か月の旅の予定、カードで暮らそうと思っていた私は現金をほとんど持ちあわせておらず、
そしてメキシコシティに友人はいなかった。
知り合いを訪ねることはできたけど、親しくない人に助けを求める勇気もない。
とにかく急いで日本に電話してカードを止め再発行の手続きをし、
新しいカードは2日後にTijuanaの友人宅に届くことに。

一緒に旅をしていた親友のまみちゃんに少しお金を借りて過ごすことになって、
いざ、次の旅先予定のTijuanaへ。
しかしTijuanaへ行くふたり分のお金がちょっと足りない。
まみちゃんは先に帰国の予定でお金は1週間分だったので、
私に貸すにも限界があったのだ。

さて。
バスか飛行機か。聞くとバスで行くにはシティからティフアナまで3日間かかるというし、
バス代と食費をあわせてみれば飛行機代とそう変わらないのであった。
ならば、やっぱり飛行機がいいな。

でも足りない。
はて、どうすれば・・・?
はて、どうすれば・・・?なんて余裕もないはずなのに私はというと
幸せに生きてきたせいでボケていたのか若さのせいか、怖さよりは明るさが勝っていたものだから、
なんとかここを乗り切る、今後生き抜く方法を考え出した。

ふと、これから会う予定の友人たちに持ってきたおみやげの
小さな日本酒を10本持ってきていたことを思い出す。
夜9時。
シティの空港でおもむろにトランクを開け、小型スピーカーで音楽を流し、
シートをひいて日本酒の瓶を並べ小さなお店をつくった。

通りすがりの人々が不思議そうに見る。
こんな小娘(日本女子みんながそうであるように"チニータ"と呼ばれる)が
夜の空港で地べたに座って一体何をやっているんだ、と。
旅行帰りのメキシコ人たちが話しかけてくる。
「どうしたんや?!」(私にはスペイン語は関西弁に聞こえる)

私は正直に、「飛行機代が足りなくて。日本のテキーラを持ってきたから買ってほしいの」、
ぽつりと答える。
まだ10代の私は売り子になったことももちろんなく、だから物の売り方を知らなかったけれど、
「きっとあなた、飲んだことない味がするわよ、すごくおいしい、ミラクルなお酒なの!」
そう力説したところ、ぽつぽつと売れ始めた。
何度もがんばる、力説を繰り返す。が、当然ながらすんなりとは売れないこともあった。
だんだん人も少なくなってくる。
不安。

それでも毎回会話するごとに学び、次はこう言ってみよう、など工夫も生まれてくる。
夜中の空港はひんやりと冷たく、しかし人々は親しみを持って気軽に話しかけてくれるのであった。

朝5時。
ついに10本を売り切る。

ニューヨークよりも怖いんだぜ、メキシコシティは。
そう言われていたから、下手すると殺されるかも、、、と頭をよぎるも、
幸運にも優しい人にのみあたったのだと思う。

日本酒を売り切り、飛行機代の足しを稼ぎ、朝方無事にチケットを買うことができたとき、
そんなにいるとは知らなかった数の、空港じゅうのスタッフが拍手してくれた。
おまえ、すごいな!
みんな、心配してくれていたのね。
やったな!
よかった!!
ありがとう、
なんとかチケットを買えたよ!みんな見守ってくれてたのね。
本当にありがとう・・・!!!
みんなに愛を込めてお礼を言って無事Tijuanaへ飛んだ。


私がはじめて自分で物を売った日。
スペイン語を喋れたことで、救われた日の思い出。

あれから随分時間が経った。
それ以来メキシコへは行っていない。
時代は変わったけれど、今でもメキシコは変わらぬあたたかさを
持っているだろうか。

みんな、あの日夜中の空港で見つけた、日本酒を売っていた変な18歳の女の子を
今も少しだけ、覚えてくれていたらいいな。

RITA 神田


posted by Rita at 23:30| Comment(0) | 旅レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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