2011年03月13日

サンチャゴへの遥かなる道(その3)

先週末まで2回にわたり、美千代さんが歩いた「巡礼の道」シリーズ

(2/28、3/5掲載)をお届けしてきました。今回が最終回です!


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 私は、ベルトのない同じバックパックをしょって寒いスペインへ旅だった。

前回歩いた距離より少なかったが、650kmの道を三週間かけて歩き通した。悩んでいた逆カルチャーショックは、日本を脱出して異国に来たおかげで客観的に見ることができ、かなり払拭できた。メキシコ生活が長かった日本人の私が、今初めて、日本とラテンの両方をバランス良く見ることができそうだ。そして、大好きなスペイン語がもっと好きになった。相変わらず文法間違えるし、ボキャブラリー少ないしで、私のスペイン語はめちゃめちゃ。だが、これからはRITAが、サンチャゴ巡礼と同じように矢印で私を導いてくれるだろう。(そう私は期待をするのである。)

RITA-CAMINO 3-1

「巡礼の道では、神様が然るべき出会いを用意していてくれるでしょう。しかも一刻も早すぎず、遅すぎず。」と言われている。これは、人との出会いのことだけを言っているのではないと思う。道中で起こるあらゆる出来事、現在の喜怒哀楽の感情、過去の忘れていた思い出、突然のアイデア、未来への希望、など、長期間歩き続けるという環境にあって初めて形になってくる。



行きたくても、仕事があって、時間がなくて、家庭があって、という物理的な問題から行けない人もたくさんいる。

行けたとしても、10kg以上のバックパックをしょって、毎日何十キロもの山越え、谷越えを何週間にもわたって歩くのは大変なことだ。途中、思わぬ病気やケガに遭遇して、泣く泣く故郷に帰って行く巡礼者もたくさんいるのである。

私自身のことを言えば、行きたいから行った。どうしても行きたかった。時間をつくって、貯金を使い果たす勢いで。小さな日常のリスクには目をつぶる強さも必要だったが、実際に行けることは有難いことで、本当は何か見えない力に「行かせてもらった。」と言う方が正しいかもしれない。そして、幸いにも二回の巡礼とも病気やケガもなく無事結願できた。毎日、足が痛くても疲れても、それが気にならないほどの多くの喜びや驚きに出会えた幸せに感謝。



これからの人生においても、必要な時期に何かをするタイミングがやってくると思われる。やってくる、というより、自分からするタイミングを普段からこしらえているのだ。物事はふって湧いてきてはくれない。巡礼に絶対行きたい!と思った瞬間から、サンチャゴへの遥かなる道は始まっていたと思われる。




RITA-CAMINO 3-2


皆さま、ここまで読んでくださってありがとうございました。



↓はぽん通信

http://plaza.rakuten.co.jp/lunareina/

今回の冬の巡礼エピソードは、私の日記にあります(20111/14-2/5)

もし興味ありましたら、どうぞ読んで下さいね。


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美千代さん、素敵な巡礼のご報告をありがとうございました…!

重い荷物とともに、抱えていた心の鉛を捨てて来られたのでしょうね。

そして、新たな発見と出会い。

美千代さんの目に映った世界に私もしばし思いを馳せました。

これから、RITAとともに歩んでいきましょう!

読者のみなさまも、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 








posted by Rita at 09:58| Comment(0) | 旅レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月05日

サンチャゴへの遥かなる道(その2)

前回の続き。バックパックのベルト、携帯、時計、情報と、何も持っていない私が気づいたこと。



バックパックは、少しでも肩への負担を減らさないと自分が一番困るので、不要な荷物は人にゆずったり捨てたりした。人間は生きていくのに、服も身の周りの小物も最小限でよく、あまり物が必要ではないことがわかる。荷物が軽ければ軽いほど、心も軽くなってゆく不思議さ。

何もないから、人に尋ねることが多くなる。そこからコミュニケーションが生まれる。いろいろな価値観を持つ国籍も性別も年齢も様々な巡礼者たちと、実によく話した。一緒に食べて、おしゃべりをし、眠ることの楽しさ。人間なんて本当は、柵も国境も何もない同じ仲間なんだな、と実感。

RITA




当たり前でシンプルだが、日常に忙殺されると忘れがちになってしまうことを、この巡礼の旅ははっきり示してくれた。これは、その後の私の生活まで変えた。大好きだけど、とめどなく続いていたメキシコ時代に幕をおろす決心をさせ、次の新しい時代へ行け、と背中を押してくれた。



なので、サンチャゴの道の威力はすごいのだ!と私は信じて疑わない。



だが、熱いラテンワールドから日本に帰ってきて、思いがけない事にぶち当たった。自分の国であるはずなのに、逆カルチャーショックがひどく、なかなか生活になじめず落ちこんでばかり。せっかくメキシコで覚えたスペイン語もどんどん忘れかけていて、焦りも募る。就職もできないまま、かなりの時間を中途半端に暮らしていた。そんな時、私が助けを求めたものが二つ。スペイン語学校へ行くこと。そして、もう一度サンチャゴ巡礼をすること。



昨年夏、スペイン語学校へ復学。私の語学力はともかく、あらためてスペイン語が好きだと実感できた。更に、このブログを書かせて頂いているRITAにも出会えた。私と同じようにスペイン語を愛する素敵な仲間が増えた、ということだ。
そして、二回目の巡礼をしたのが今年の冬。つい最近のことである。

RITA


あえて前回と同じルートを辿っていく、というのは、これまでの私を見つめ直して、納得して、また次に進んでいきたかったから。でも季節は真冬。前回とは旅をする環境がまったく違うから、別の角度から何かをとらえたいと考えた。スペイン語が(下手なりに少々は)わかる、という利点も大いに活用させようと思った。とにかく人と話したい。冬は巡礼者の数も激減するが、巡礼道沿いの町や村の人々は、いつだってそこにいてくれるのだ。久しぶりの日本脱出。逆カルチャーショックだって乗り越えたい、本当は。


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今回も美千代さんの巡礼シリーズをお届けしましたが、いかがでしたか?

身一つでひたすら歩くと、自分にとって本当に必要なことが何なのか

気づけそうですよね。私もいつか歩いてみたいです!

それでは、次回がこのシリーズ最終回。みなさんお楽しみに☆(児玉)

















posted by Rita at 22:15| Comment(0) | 旅レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月28日

サンチャゴへの遥かなる道(その1)

みなさん、こんにちは! みなさんの中にはスペインに留学・旅行された方もいらっしゃるかと思いますが、巡礼の道を歩かれたことはありますか? 今回は、その道を2回も歩いた(!)という美千代さんからのレポートです。


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北西スペインに、Santiago de Compostela(サンチャゴ・デ・コンポステーラ)という街がある。813年、イエス様の十二使徒のひとりである聖ヤコブの墓が発見され、その上に大聖堂がたてられたことにより、エルサレム、ローマと並ぶカトリック教の三大聖地のひとつとなった。この街を目指す巡礼路はユネスコの世界遺産にも指定され、和歌山の熊野古道とは姉妹道となる。もっとも重要でメジャーな「フランスの道」は、全行程800km近く。カトリック信者でなくても、自分を見つめるため、と言ったスピリチュアルなものを求めて歩く人々も多く、世界各国から多くの巡礼者がこの街を目指している


RITA-CAMINO 1-4



私は、この巡礼路を二回歩いた経験をもつ。

一回目の巡礼は、2008年の夏。



その頃の私は、長いメキシコ生活の中で方向性を変えたい時期にあった。

メキシコに来てから、ずっと働いてきて、結婚して離婚した。病気もケガもした。メキシコの生活に時間をかけて慣れて、愛して憎んだ。たまには泣いたりもしたけど、楽しくって仕方がなかった。でも、ひと休みする必要があった。これからどうするか考える時間が欲しかった。まだ行ったことのないヨーロッパ大陸。その大陸で唯一、メキシコと同じ言語を話すスペインには、カトリック巡礼の道があると言う。そうだ。そこへ行こう!歩こう!



旅行は大好きでよくしていたけれども、本格的なバックパックだけの旅は初めて。バックパックを買い、少しばかりの服をつめて、すぐ飛行機に飛びのった。この知識の何もなかったところが、思いがけず、一回目の巡礼の良い思い出と学びにつながる。



RITA-CAMINO 1-1


まず、バックパックの仕組みをよく知らなかった私は、腰にまとわりつくベルトが邪魔でしょうがなく、これから始まる約800kmの巡礼第1日目(ピレネー山脈を越えたばかりのところ)で、そのベルトを捨てた。巡礼者は皆、すべての荷物を自分で担いで何週間も歩き続ける。バックパックのベルトの役目は、肩にかかる重みの7割の負担を腰にまわし、少しでも体を楽にするものだった。「あなたのバックパックは不思議だね。なぜ腰のベルトがないの?」各国からやってくる何人もの巡礼者たちから、尋ねられ心配された。



スペインに来る直前、見事に携帯電話をなくした。紛失手続きをする間もなく、時計を持たない私は、巡礼中は時間もわからないまま、人と交信できないまま。しかしスペインの夏は日が長い。何日も歩く中で、時間がわからなくても太陽の動きを見ているだけで時間の感覚がわかってくるようになる。



RITA-CAMINO 1-2



ガイドブックも持って行かなかった。だから明日のコースが厳しいとか、どこにアルベルゲ(巡礼者用宿)があるとか、何にもわからなかった。特に、オープンしたばかりのアルベルゲの情報は、他の巡礼者が各々自国で買ってきたガイドブックにはまだ載っていない。全員そこを通り過ぎていく。夏という時期は巡礼者が多く、どこのアルベルゲも混んでいる中、何も知らないでそこに到着した私は、オープンしたてのアルベルゲをひとりきりでゆったり満喫するのであった。情報がないということは、期待も不安もない、ということで、その時その時で新鮮な気分が味わえるのである。



こういう歩き巡礼の旅が始まってから、いろいろな発見や気づきがあった。それは、次回 !! 書きます。


















posted by Rita at 07:15| Comment(0) | 旅レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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