2012年12月10日

ベレンの思い出

スペインといえば、太陽がジリジリ焼けつくような夏のイメージがあるが、
私が思い出されるのはマドリードの晩秋から冬にかけての冷たく美しい季節である。

今の時季は、クリスマスと新年を前に街がきれいなイルミネーションで彩られる。
日本人の私はクリスマスといえば幼い頃から慣れ親しんだクリスマスツリーや
サンタクロースを思い浮かべる。しかし、15年前のスペインではそれらは
“海外のもの”というイメージが強くほとんど見かけることはなかった。
クリスマスに見られるのは、ベレンという、イエス・キリストの降誕場面を再現した
人形のセットだ。馬小屋と飼い葉桶に入った幼子イエス、マリアとヨセフ、天使、馬や羊、
そして星に導かれて東方からやって来る三賢王の人形が、各家庭に飾られたり、
広場には大掛かりなものが設置されたりする。ベレンは、一年に一度箱から取り出され
大切に飾られるお雛様を私に思い起こさせた。

私が滞在していた町で部屋を間借りしていた一家は、この季節になると玄関に
リャドロ社製の古いが立派なベレンを飾り、とても大切にしていた。
家主にはジョナサンという幼い甥っ子がいた。彼は学校の帰りに毎日この家に寄り、
仕事を終えた母親が迎えに来るまで宿題をしたり遊んだりしていて、顔を合わせる
私と仲良くなった。

ある日、ジョナサンがどこからかタコ糸と椅子を持ってきて、手を貸してとお願いしてきた。
何をするのと尋ねると、ベレンの上に紐を渡して星を取り付けなくちゃ、Reyes magos
(三賢王)はこの星に導かれてイエス様のお祝いに来るんだよ、知らないの?と言う。
最初は星を紐の端に付け、毎日少しずつベレンの方に動かし、noche buena
(クリスマスイブ)に幼子イエスの真上に来るようにするらしい。

椅子から足を踏み外して高価なベレンを壊したりしないよう、ちょっとヒヤヒヤしながら
紐を取り付けた。その後ふたりで厚紙と私が持っていた折り紙で金ピカの星を作り、
紐の端のほうに吊るすと、これからクリスマスまでの毎日少しずつ星をずらすんだよ!
とジョナサンははしゃいだ。最初から幼子イエスの真上に吊るせば?と聞くと、それじゃ
意味がないよ、三賢王はこの星に導かれてくるんだから!と彼は真顔で言った。

私たちはそれから毎日一緒に少しずつ星を動かした。ジョナサンは私が脚を押さえて
やる脚立に乗り、決まって神妙な面持ちで作業を終えると降りてニッコリしながら、
楽しみだねと言った。星がベレンの上に近づくにつれ、大人の私も段々ワクワクしてきた。

いよいよクリスマスイブの日、家族や親戚が集まり賑やかになった。間借りしている
外国人の私もパーティーに誘って頂いた。家主がおお寒い!と言いながら帰宅し、
ジョナサンが風邪を引いて来られなくなったと奥さんに告げていた。皆が集まる楽しい
パーティーでご馳走を食べてプレゼントなど貰える日だから、彼はさぞかし残念がって
いるだろう、と気の毒に思っていると、家主が茶色の上着のポケットから折り畳まれた
メモ用紙を取り出し、ジョナサンから頼まれたと言いながら私に手渡した。
開けるとそこには子供らしい字でこう書かれていた。

アキコへ 今夜は星がベレンの上になるように忘れないで!ジョナサンより

私は微笑ましい思いでメモをそっとポケットに入れた。
賑やかなパーティーを抜け、玄関へ行った。さて、最後の作業。
ひとりでちょっと寂しいけれどジョナサンに言われた通りにした。
部屋に戻り、簡単なカードを書いた。

ジョナサンへ
三賢王は星に導かれて、今夜無事に幼子イエスのもとにたどり着きました。
クリスマスおめでとう。早くよくなって! アキコより

金ピカの星が幼子イエスの上で明るく輝いていた。

宇尾 章子
posted by Rita at 20:38| Comment(0) | メンバー体験談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月02日

スペイン語の「方言」について


私は翻訳・通訳のプロではないので、詳しくは知らないのですが、 
「スペイン語」といっても国・地方によって文法、発音、単語の使い方は様々です。 

私はメキシコでスペイン語を学んだので、
比較的はっきり発音をするタイプに慣れてしまっています。

そのため、スペイン本国やアルゼンチンのスペイン語を聞くと、
フランス語みたいに「ふにゃふにゃ」しゃべっているように聞こえて、
「ちゃんとしっかり話せや!」と勝手に憤ってしまいます…。 

正直、サッカー選手のメッシが何を言っているのかよくわかりません。。。 


また、中米にいたこともありますが、2人称単数「君、お前」の場合、
「tu」を使わずに、「vos」を使うvoseo活用を使っている地域に遭遇しました。

 Tu tienes tiempo? は Vos tenes tiempo?というように、動詞の活用も変化します。

当初、なんじゃこりゃと思い、耳が悪いのかなと悩んでおりましたが、 
当時大変お世話になっていた「中級スペイン語文法」(白水社)の最後のあたりに、
ちょこっとだけvoseoについての説明があり、なんとか理解したのでした。

(ちなみに中級スペイン語文法によると、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイの大部分、
中央アメリカ、メキシコ(チアパス、タバスコ)では一般的にvosが使われているようです。)


同僚が要人の通訳をする際には、事前にyou tubeなどでどのような話し方をするか
チェックしたりしていますが、それは、同じ言語でも国や出身が違えば、
いきなり聞くと面食らうことも多々あるからだそうです。 


通訳は本当に大変な仕事だと、改めて思いました。皆さん、頑張ってください!!

(sasaki)
posted by Rita at 17:09| Comment(0) | メンバー体験談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月17日

流れをつくり、流れにのる

追い風の様な大きな人生の流れを感じて渡西を決めた十数年前。

渡航までに不足していると感じていた全てを、自分で言うのも何だが「凄まじいパワー」で補っていき、1日24時間あっても全く足りなく感じていたあの頃。自分の人生がどんどん開けていく、そんな躍動感と喜び、そして「確信」に満ちた準備期間だった。

 そして今年、再び決断をした。

しかし、今回は以前感じたような大きな流れは見えず、むしろ自分から小さな流れを作らざるを得なかった。しかも、とてつもなく大きな不安と迷いを抱えながら。それは、今までの自分の生き方からいけば「タブー」としてきた強引なやり方。「今を断ち切る」という決断だった。

恐る恐る始めた新生活だが、不思議なことに人生というものは本気になればおのずと開けていくようだ。今、フルタイムで通訳の仕事をしながら、ずっとやりたいと思いつつも逃げていた「あること」に挑戦している。すると、幾つものことが自然とつながり、自分の進むべき道が少しずつ見えてきているという実感を得ることが出来るようになってきた。自分の人生のキーワードが再び見えてきたという感覚もある。

私にとって、スペイン語は自分が自分であるための必要ツールだ。このスキルのお陰で現在も生計を立てているし、過去にも多くの機会でそうしてきた必要不可欠なものだが、心が望んできたものは別にある。それを無視して、世間一般の「期待」に応えようとしても、やはり心に軋みがきてしまう。

諦める前に「もう一度だけ挑戦してみる」という気持ちで、今日、今この瞬間だけと思って「えいやっ」と踏ん張ってみる。そんな時、自分の身を守る唯一の武器は、控えめでも「自分を信じ、評価する」こと。すると、何かがつながっていく。

自分が本当に好きなことは何か。自分の心が動かされるものは何か。ただ、それだけでもいけない。自立して生きていくために、自分にとって一番強力なツールは何なのか。自分のどんな点が人から評価されているのか。自分の好きなことを直接生業と出来る人は少ない。また、生業につなげても、そこに実力の伴わない人も多くいるのが現実だ。

冷静に、客観的に自分という「ハコモノ」を見極め、選択をしていく。冷静な目を持ちながら、自分の心をないがしろにしない生き方を見つけることで、人とは違う生き方であっても、心のバランスがとれた、充実した人生を送ることが出来ると私は思う。

来年明け、3年ぶりにスペインの地を踏むことになった。
点在した過去の様々な経験を、これからは一本の線にしていくためにも、私にとっては必要な旅となるだろう。


P1020384-a.JPG

 

MUU



 

posted by Rita at 18:29| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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